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150年以上前の江戸時代から続く歴史

昭和初期の頃の 柏尾川桜並木
横浜市戸塚区の柏尾川桜並木は江戸時代の安政3年(1859年)に植樹されたことが始まりとされています。その後、明治後期の耕地整理で全て伐採されましたが、堤防工事の竣工を記念して明治43年(1910年)に桜が植樹されました。
昭和初期には関東屈指の桜の名所として、与謝野鉄幹、晶子夫妻も一首詠むほどでした。しかし、その桜も第二次世界大戦中、燃料として伐採され、全滅してしまいました。
終戦後、昭和28年には有志が中心となり、資金を出しあってソメイヨシノ2000本を植樹しました。その後、昭和50年代に行われた堤防改修工事で、伐採と植樹を繰り返し、平成に入ると、老齢化した桜の植替えが行われる等、柏尾川の桜は何度も全滅の危機を区民の皆様と共に乗り越え、現在に至っています。
柏尾川桜並木の課題
(左)伐採前(右)伐採後
魅力にあふれ、戸塚区民の皆様に愛され、親しまれてきた柏尾川桜並木ですが、桜の老齢化や病害等により、倒伏の危険がある桜が増加しています。そのため、歩行者の安全管理上、伐採を余儀なくされ、その本数が年々減少しています。
特に、近年の減少ペースは顕著で、令和5年に実施した樹木医診断では、444本のうち、94本に倒伏の危険があるとの診断がされ、令和6年中に倒伏の危険があると診断された桜は全て、伐採を行いました。
柏尾川桜並木の景観を将来に引き継いでいくために
柏尾川沿いの元町橋から久保橋の「柏尾川プロムナード」を整備します。
桜は日あたりがいい場所を好む樹木です。現在の柏尾川桜並木は桜同士の間隔が近くお互いに干渉しあっているため、十分な日当たりを確保できるよう、10m間隔を基準に補植し、生育環境を整備します。また、現在、多く植樹されているソメイヨシノは病害等に弱いとされている品種です。桜並木の景観を将来に引き継いでいくため、比較的、病害等に強いとされているジンダイアケボノに転換していきます。
多くの方に楽しんでもらえるよう、美しい桜並木の維持管理に努めていきます。
戸塚区出身 プロサッカー選手 遠藤航選手(柏尾川桜並木応援アンバサダー)

遠藤航選手
戸塚は自分が生まれ育った場所で、自分のサッカーの原点です。当時のチームメイトは今でも付き合いがあり、一生ものの仲間ですし、キャリアにおいて大事なパートナーである代理人とも出会った思い出がたくさん詰まった場所です。
柏尾川の桜並木は部活帰りにチームメイトと一緒に歩いた思い出の場所です。戸塚の柏尾川桜並木を未来につないでいくこの取組を応援しています。
ご寄附いただく皆様への特典[御芳名板にお名前を残せます]
①1万円以上
横浜市戸塚区HPへ氏名の記載
②10万円以上
①に加え、柏尾川桜並木に新たに設置する御芳名板へ氏名の記載

【注意事項】
※返礼品ではないため、市内・市外の在住地は問わず対象になります。
※返礼品をお選びいただいた方も、氏名記載の対象となります。
※特典の受取有無について、別途、横浜市戸塚区から登録されている電話番号もしくはメールアドレスあてに確認のご連絡を差し上げます。
※寄附者のお名前に代えて、企業名や大切な方(お子様やお孫様など)のお名前を記載することもできます。なお、架空の人物、架空の団体名、ニックネーム、愛称、企業広告、キャッチフレーズ等はご遠慮ください。
※個人・法人等を分けて記載します。なお、記載する順番は順不同となります。
※住所や所在地、寄附金額等は記載しません。
※寄附の申込数量1口につき、1名様のお名前を記載することができます。
※横浜市戸塚区HPへの氏名の記載はご寄附いただいた年の翌年1月ごろを予定しています。
※横浜市戸塚区HPに記載した氏名について、事前の予告なく記載の終了、形式の変更をすることがあります。
※御芳名板の設置時期ご寄附いただいた年の翌年3月ごろを予定しています。
※御芳名板の設置期間は10年とし、御芳名板に関する権利は横浜市戸塚区に帰属します。御芳名板は移設することがあります。また、老朽化等により設置し続けることが困難となった場合や設置から10年が経過した場合などは、横浜市戸塚区が撤去します。